城博コラム
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【動画】城下町散策会ー下町を歩くー

2021.04.07
  • 土佐藩の歴史
  • 土佐の文化
【動画】城下町散策会ー下町を歩くー
令和3年3月7日に開館4周年企画の一つとして行った「城下町散策会ー下町を歩くー」を収録した動画です。 土佐藩の経済の中心地として賑わいをみせた下町エリアを、当館の学芸員と企画員がご案内します。ぜひご覧ください。 https://youtu.be/emqB2wMY-c0  

一豊と見性院

2019.10.16
  • 山内家の歴史
一豊と見性院
山内一豊の生涯 1.一豊の誕生と秀吉への士官  天文14(1545)年、一豊は山内盛豊の三男として尾張国に生まれました。  戦国乱世の真っ只中、兄と父を相次いで失い、永禄2(1559)年の春には、主君織田伊勢守家が織田信長の攻撃を受け滅亡、15歳の一豊は、浪々の旅に出ます。美濃・尾張・近江を転
書を見るのが楽しくなる!体感!国宝こうやぎれ(書の解説)
当館所蔵の国宝「高野切(こうやぎれ)」。 これまでご来館の皆さんにいただいた質問を参考に、書の見かたをご紹介するページ「体感!国宝こうやぎれ」を作成しました。 「上手だなあ…。」その次の一歩へ! 博物館や美術館で見かける「書」の作品。 「上手だなあ…」という以上の感想を持てなくて、な
【受付終了】古文書通信講座はじめます
定員に達したため、受付を終了しました。 5月6日(水・休)まで臨時休館中の当館では、毎月開催の「城博講座」も5月は中止、6月以降の開催についても現時点では保留している状況です。講座再開についてのお問合せも多いことから、当館では期間限定で通信制の古文書講座を実施することといたしました。 つ

土佐藩の歴史-年表-

2019.11.27
  • 土佐藩の歴史
土佐藩の歴史-年表-
年表 1600 慶長 五 一豊土佐一国を拝領 1601    六 一豊浦戸城入城、領内巡視 1603    八 一豊大高坂城へ入城、河中山城と改称(のち高知(智)山城) 1617 元和 三 二代将軍秀忠より土佐一国(二十万二千六百石)の領知

土佐藩の歴史-幕末維新期-

2019.11.27
  • 土佐藩の歴史
土佐藩の歴史-幕末維新期-
幕末維新期の土佐藩 黒船来航ののち開国・攘夷をめぐる混乱の時代に入ると、土佐藩では藩主豊信が幕府の中枢に迎えられ、公武合体論を推し進めて大政奉還などの局面で重要な働きをします。その一方で土佐出身者からは、藩の枠組みをこえて活躍する多くの志士を輩出しました。 主な事件 ・黒船来航

土佐史の人々-幕末維新期-

2019.11.27
  • 土佐史の人々
土佐史の人々-幕末維新期-
幕末維新期 諒鏡院 (りょうきょういん 1841~1916)  土佐12代藩主山内豊資(とよすけ)の娘。 名を悦姫といい、生後まもなく出羽秋田藩10代藩主佐竹義厚(よしひろ)の嗣子義睦(よしちか)と婚約し、安政4(1857)年4月義睦のもとへ輿入れしたが、結婚後数ヶ月で夫義睦が死

土佐史の人々-後期-

2019.11.27
  • 土佐史の人々
土佐史の人々-後期-
後期 宮地太仲 (みやじたいちゅう 1769~1842)  安芸郡田野の芝生まれ。 父の文仲を継いで医を志し、大坂にでて医学を岡慈庵に、経書を篠崎小竹(儒学者、漢詩人)に学び、帰国後は藩の診療を度々勤めて徒士格二人扶持を受ける。 また、天保11(1840)年には土佐における最初の

土佐史の人々-初期-

2019.11.27
  • 土佐史の人々
土佐史の人々-初期-
初期 湘南和尚 (しょうなんおしょう 不詳~1637)  山内一豊夫妻は天正13年(1585)年の大地震で一人娘の与祢(よね)を失い、その後男子を養子に迎え、拾(ひろい)と名付け養育した。 これが後の湘南和尚である。湘南は武士にはならず禅門に入り、土佐へは慶長6(1601)年入国し、吸江庵(ぎゅ