城博コラム
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酔鯨酒造×高知城博 山内容堂コラボレーションのお酒が登場
鯨海酔侯―鯨の泳ぐ海(太平洋)の酔いどれ大名 「鯨海酔侯」はもともと幕末の土佐藩主山内容堂が用いた数多くある号のうちの一つです。酒好きで豪快、土佐人気質を思わせる容堂のイメージによく似合う号として、今も地元高知をはじめ多くの人々に親しまれています。 容堂の没後約100年を経た後、山内家と酔鯨酒造

土佐藩歴代藩主紹介

2019.03.22
  • 山内家の歴史
土佐藩歴代藩主紹介
初代 一豊(かつとよ) 生没年:天文14(1545)年~慶長10(1605)年 享年61歳 父:盛豊 母:法秀院(盛豊正室 梶原氏女とも二宮氏女とも) 通称:辰之助・猪右衛門 官位:正五位下対馬守 → 従四位下土佐守 ※大正8(1919)年 贈従三位 家督:永禄2(1559)年 15

土佐藩の歴史-幕末維新期-

2019.11.27
  • 土佐藩の歴史
土佐藩の歴史-幕末維新期-
幕末維新期の土佐藩 黒船来航ののち開国・攘夷をめぐる混乱の時代に入ると、土佐藩では藩主豊信が幕府の中枢に迎えられ、公武合体論を推し進めて大政奉還などの局面で重要な働きをします。その一方で土佐出身者からは、藩の枠組みをこえて活躍する多くの志士を輩出しました。 主な事件 ・黒船来航
【11/10~11/13は観覧無料】企画展「没後150年 山内容堂」を開催中です
15代土佐藩主山内豊信(号容堂)の没後150年を記念して、全国から集めた容堂ゆかりの品々や幕末維新を象徴する一級資料の約100点を、前期・後期の2期に分けて展示します。 【前期】「公武合体」実現に駈けた日々  会期:9/17(土)~10/30(日)    ※前期の中でも、さらに一部の資料を入

土佐史の人々-幕末維新期-

2019.11.27
  • 土佐史の人々
土佐史の人々-幕末維新期-
幕末維新期 諒鏡院 (りょうきょういん 1841~1916)  土佐12代藩主山内豊資(とよすけ)の娘。 名を悦姫といい、生後まもなく出羽秋田藩10代藩主佐竹義厚(よしひろ)の嗣子義睦(よしちか)と婚約し、安政4(1857)年4月義睦のもとへ輿入れしたが、結婚後数ヶ月で夫義睦が死

土佐藩の歴史-後期-

2019.11.27
  • 土佐藩の歴史
土佐藩の歴史-後期-
後期の土佐藩 中期で試みた諸政策も財政難を好転させることはできず、その後も相次ぐ災害や幕府から課された普請役などが藩財政への大きな負担となります。その中で領民の強訴や逃散へ対応しながら藩政改革に取り組み、綱紀粛正につとめ、藩士の教育にも力を入れました。 主な事件 ・繰り返される

土佐藩の歴史-中期-

2019.11.27
  • 土佐藩の歴史
土佐藩の歴史-中期-
中期の土佐藩 安定期に入った土佐藩は、法の整備を進めるとともに産業の育成にもつとめます。しかし大地震や数度にわたる火災・飢饉などの災害が相次ぎ、藩は財政難に陥ります。そこで倹約令等により打開策を模索しますが、中期の華美な風潮もあり状況の好転には至りませんでした。 主な事件 ・中

土佐藩の歴史-初期-

2019.11.27
  • 土佐藩の歴史
土佐藩の歴史-初期-
初期の土佐藩 関ヶ原合戦の功で土佐一国を拝領した山内一豊の入国により始まった土佐藩は、軍役への対応や婚姻関係によって江戸幕府体制の中での安定した地位を模索します。同時に領内への施策もすすめ、野中兼山の改革などによって藩政の基礎を確立しました。 主な事件 ・一豊の入国と施策 一

土佐藩の歴史-年表-

2019.11.27
  • 土佐藩の歴史
土佐藩の歴史-年表-
年表 1600 慶長 五 一豊土佐一国を拝領 1601    六 一豊浦戸城入城、領内巡視 1603    八 一豊大高坂城へ入城、河中山城と改称(のち高知(智)山城) 1617 元和 三 二代将軍秀忠より土佐一国(二十万二千六百石)の領知

一豊と見性院

2019.10.16
  • 山内家の歴史
一豊と見性院
山内一豊の生涯 1.一豊の誕生と秀吉への士官  天文14(1545)年、一豊は山内盛豊の三男として尾張国に生まれました。  戦国乱世の真っ只中、兄と父を相次いで失い、永禄2(1559)年の春には、主君織田伊勢守家が織田信長の攻撃を受け滅亡、15歳の一豊は、浪々の旅に出ます。美濃・尾張・近江を転