おうちにある「古代塗」つかってみませんか? 2022.12.22 土佐の文化 高知の引き出物の定番「古代塗(こだいぬり)」。 ざらりとしたえび茶色の地に、朱色の文字や風景などのシンプルなもようのお盆や重箱。 「うちにもあったような。。。」と思う県民の方も多いのでは? 古代塗はその名に似合わず、明治時代に新しく生み出された漆器です。 漆器といえば、繊細で手入れのむず 記事の続きをよむ
土佐藩の歴史-初期- 2019.11.27 土佐藩の歴史 初期の土佐藩 関ヶ原合戦の功で土佐一国を拝領した山内一豊の入国により始まった土佐藩は、軍役への対応や婚姻関係によって江戸幕府体制の中での安定した地位を模索します。同時に領内への施策もすすめ、野中兼山の改革などによって藩政の基礎を確立しました。 主な事件 ・一豊の入国と施策 一 記事の続きをよむ
土佐藩の歴史-中期- 2019.11.27 土佐藩の歴史 中期の土佐藩 安定期に入った土佐藩は、法の整備を進めるとともに産業の育成にもつとめます。しかし大地震や数度にわたる火災・飢饉などの災害が相次ぎ、藩は財政難に陥ります。そこで倹約令等により打開策を模索しますが、中期の華美な風潮もあり状況の好転には至りませんでした。 主な事件 ・中 記事の続きをよむ
土佐藩の歴史-後期- 2019.11.27 土佐藩の歴史 後期の土佐藩 中期で試みた諸政策も財政難を好転させることはできず、その後も相次ぐ災害や幕府から課された普請役などが藩財政への大きな負担となります。その中で領民の強訴や逃散へ対応しながら藩政改革に取り組み、綱紀粛正につとめ、藩士の教育にも力を入れました。 主な事件 ・繰り返される 記事の続きをよむ
土佐藩の歴史-幕末維新期- 2019.11.27 土佐藩の歴史 幕末維新期の土佐藩 黒船来航ののち開国・攘夷をめぐる混乱の時代に入ると、土佐藩では藩主豊信が幕府の中枢に迎えられ、公武合体論を推し進めて大政奉還などの局面で重要な働きをします。その一方で土佐出身者からは、藩の枠組みをこえて活躍する多くの志士を輩出しました。 主な事件 ・黒船来航 記事の続きをよむ
土佐藩の歴史-年表- 2019.11.27 土佐藩の歴史 年表 1600 慶長 五 一豊土佐一国を拝領 1601 六 一豊浦戸城入城、領内巡視 1603 八 一豊大高坂城へ入城、河中山城と改称(のち高知(智)山城) 1617 元和 三 二代将軍秀忠より土佐一国(二十万二千六百石)の領知 記事の続きをよむ
<特別コラム>書を見るのが楽しくなる!体感!国宝こうやぎれ(書の解説) 2020.01.17 収蔵資料のこと 当館所蔵の国宝「高野切(こうやぎれ)」。 これまでご来館の皆さんにいただいた質問を参考に、書の見かたをご紹介するページ「体感!国宝こうやぎれ」をご覧いただいて、ぜひ本物の鑑賞におこしください! 「上手だなあ…。」その次の一歩へ! 博物館や美術館で見かける「書」の作品。 「上手だなあ… 記事の続きをよむ
酔鯨酒造×高知城博 山内容堂コラボレーションのお酒が登場 2022.10.27 鯨海酔侯―鯨の泳ぐ海(太平洋)の酔いどれ大名 「鯨海酔侯」はもともと幕末の土佐藩主山内容堂が用いた数多くある号のうちの一つです。酒好きで豪快、土佐人気質を思わせる容堂のイメージによく似合う号として、今も地元高知をはじめ多くの人々に親しまれています。 容堂の没後約100年を経た後、山内家と酔鯨酒造 記事の続きをよむ
土佐藩歴代藩主紹介 2019.03.22 山内家の歴史 初代 一豊(かつとよ) 生没年:天文14(1545)年~慶長10(1605)年 享年61歳 父:盛豊 母:法秀院(盛豊正室 梶原氏女とも二宮氏女とも) 通称:辰之助・猪右衛門 官位:正五位下対馬守 → 従四位下土佐守 ※大正8(1919)年 贈従三位 家督:永禄2(1559)年 15 記事の続きをよむ
【11/10~11/13は観覧無料】企画展「没後150年 山内容堂」を開催中です 2022.08.14 15代土佐藩主山内豊信(号容堂)の没後150年を記念して、全国から集めた容堂ゆかりの品々や幕末維新を象徴する一級資料の約100点を、前期・後期の2期に分けて展示します。 【前期】「公武合体」実現に駈けた日々 会期:9/17(土)~10/30(日) ※前期の中でも、さらに一部の資料を入 記事の続きをよむ